アラスカ、フェアバンクスで暮らす、親分とその子分達(キヨシ君:夫、サブ子:娘、栄作:息子、そして飼い犬 Maxine) の日常を綴ります。
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Posted by 親分
 
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妹からのメールその2「震災の残したもの」
震災の残したもの

仕事に復帰しました。辞令交付はスーツ厳禁。ジャージ出勤。市役所内は忙しいので、所属部・課への挨拶も短く済ませ、保育所に直行。

保育所では入所式を中止して通常の保育がスタートし、私も2歳児のクラス担任になりました。子供たちは変わりなく元気にやってきて遊んでいますが、やっぱり遊びは「地震ごっこ」。「にげろ!」「やばいぞ!」「外にいけ!」とリアルな再現遊びが流行中。砂場では年長さんがバケツを運んで「救援物資でーす」とやってきて、お皿に砂を盛り、「これ二人で食べてくださいね」という配給ごっこ。切なくなるけど楽しそうで笑っちゃいます。こういう再現遊びは、恐い体験が「過去のものなんだ」と納得させる為に重要な遊びの課程なんだとききました。

親は会社が津波に流されて仕事を失っていたり、職員も家を失ったり、親戚を亡くしたり、たくさんの問題を抱えています。

知っている方の遺体の火葬も次々とあります。火葬場は大変で、遺族が順番待ちをしている状態です。

荒浜にいた保育士さんは、小さい子供二人と旦那さんとともに流され、一家全員亡くなりました。彼女は妊婦さんでした。

岩沼のおいしいとんかつ屋一家は、藤曽根の自宅にいた奥さん、子供たち(保育所在籍の6歳の女の子と3歳の男の子)おじいちゃんおばあちゃんが亡くなり、店にいたご主人ひとりが生き残りました。震災から三日後に長男の遺体をみつけ、一人ぼっちの火葬。つぎに奥さんを。そして、ずっと探せなかった長女が三週間以上過ぎた今朝、水の中で発見されたとの連絡が入りました。

これは二万人を超す亡くなった人々のうちのひとつの話にすぎないのです。こういう酷い話が、いくつもいくつもあり、物語ではなく現実なのです。

かける言葉もみつからず、ただただ涙がこぼれ、みんな耐えています。



辛いけど、忘れてはいけない3月11日・・・!!
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Posted by 親分
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[日本東北関東震災
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