アラスカ、フェアバンクスで暮らす、親分とその子分達(キヨシ君:夫、サブ子:娘、栄作:息子、そして飼い犬 Maxine) の日常を綴ります。
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Posted by 親分
 
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偶然の出会い
金曜日、スケート教室の後、いつものようにサブ子と一緒にランチをしているときのことだった。場所は久々に入った地元のコーヒー&デザートハウス。入り口に一番近いテーブルでランチを終え、お気に入りのデザートを頼んでわくわくしながら娘とふざけている時にその人達はドアを開けて入ってきたのだった。

「星野さんの奥さんの直子さんだ!」とすぐにわかった。「失礼ですけど、星野道夫さんの奥様でいらっしゃいますよね?」と思わず声をかけた私に、直子さんは「はい、そうですけど。」と笑顔で答えてくださった。あぁ何を話せばいいんだろう、と頭の中で焦りながらも、私は星野さんを知ったことがきっかけでこうしてアラスカにいることを伝えた。直子さんは「そうなんですか。」としばらく話を聞いてくださり、バックの中から「こんなの作ってるんですけど、もし良かったら。」と2010年の星野道夫カレンダーをくださった。星野直子さんと一緒にいらしたのは、息子さんの翔馬君と、星野道夫さんの親友でもあり、ブッシュパイロットでもあったドン・ロスさんの奥様であった。

写真家の故・星野道夫さんがきっかけでアラスカに来たという日本人がいったいどれだけいるのだろう。星野さんの名を口にすると「あぁお前もか。」という目で見られることが多いのは、それだけ星野さんの写真が、文章が、多くの人々を魅了してこうして実際にその人生を大きく動かしてきてしまった、ということだ。

星野さんが亡くなられた後に発行されたSWITCHの特集号を、新宿の小田急の上階にある書店で手に取った時のことを今だに覚えている。新宿の大病院の救命救急センターで新人ナース生活を送っていた頃のことで、夜勤明けでふらりと立ち寄った先でのことだった。その後、私は彼の著書を片っ端から貪るように読んだ。アラスカの土地そのもの、というよりも、彼の暖かい目を通して語られるアラスカに住む人間の持つユニークな文化、その多様性、やさしさ、強さ、そして脆さ、そういったものを全部ひっくるめて、とにかくもうどうしようもなく惹かれた。

アラスカネイティブの歴史、文化、言語、そしてドラッグやアル中という社会問題の背景を勉強したくって、アラスカ大学フェアバンクス校(UAF)に入れるように、と夢中で英語を勉強した。日勤と深夜勤の合間を縫って、夜間の英語学校に通い、2年後、無理やりUAFに入学させてもらって(実は英語のスコアが少々足りなかった)、もう日本には戻らないだろう、ぐらいの覚悟でアラスカにやってきたのだった。星野さんの目を通してではなく、どうしてもこの自分の目で、心で、アラスカという場所を体験してみたかった。

星野さんを取り上げたガイアシンフォニーというドキュメンタリー映画がある。この映画を観るために東京の雑踏の中一人歩いたのはもう14年近くも前のことなのだ。スクリーン上に映されていたよちよち歩きのかわいい男の子(星野道夫さん、直子さんの一人息子である翔馬君)が、15歳の立派な少年となって私の目の前に現れていた。ガイアシンフォニーでベイビーだった頃の彼を私は見たのだ、という話をすると、恥ずかしがりながらも「中学を卒業して、この春から高校生です。」とはっきりと言った。見た目は今時の日本の若者風だったが、芯が強そうで地に足がしっかりついている様子で、本当に感じの良い少年だった。直子さんは想像していた通り、穏やかで優しい雰囲気をまとってはいたが、とにかく凛としていらっしゃった。ゆるぎない、という感じがした。そんな親子とご一緒にランチをされていたのは、ドン・ロスさんの奥様。ドン・ロスさんの奥様が日本人であることさえ私は知らなかった。彼女も「ここに20年も30年も住んでいても、全然会わない日本人(10年ここに住んでいる私のこと。)っているものなのねぇ。」と笑っていらっしゃったが、なんとお住まいが私が妊娠する前にキヨシ君としばらく住んでいたログキャビンのすぐ近くであることまで判明し、「この人(直子さん)のお家もあの道をちょっと上がっていた所。」というので驚いた。

東京で仕事をしながら、英語の勉強をしながら、夢中で星野さんの著書を繰り返し繰り返し読んでいた頃は、こうして直子さんや大きくなった翔馬君やドン・ロスさんの奥様と、フェアバンクスのコーヒーハウスで我が娘とランチをしている最中にばったり出くわすことになろうとは夢にも思わなかった。昔からアメリカ原住民の哲学に惹かれていたとはいえ、夜勤明けのあの日、新宿小田急の本屋で星野さんの特集が組まれた雑誌を手に取っていなければ、今私がこうしてフェアバンクスに住むことも、キヨシ君と出会って結婚することも、サブ子や栄作が誕生することもなかったのだ。

直子さんは「連絡先を交換しましょう。」と言ってくださり、お互いの連絡先を交換して別れた。(星野さん親子は、今は主に東京で暮らしていらっしゃるが、翔馬君の学校の休みを利用してちょくちょくフェアバンクスのご自宅に滞在しておられるそうだ。)この先、また出会える機会に恵まれるかどうかはわからないけれど、星野さんを知ることがきっかけで私が今こうしてここに生きていることを奥様の直子さんにお伝えできただけでも、本当に良かった。

偶然の神様に、心から感謝する。
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Posted by 親分
comment:12   trackback:0
[アラスカ
comment
私も何年か前、同じコーヒーショップでお会いする機会がありました。
凛として綺麗で素敵なひとで、同姓として憧れます。
星野さんファンのおやびんなら感慨もひとしおだったろうね。
2010/03/27 17:35 | | edit posted by きゃらはん
私は星野さんといえば、日本でやっていた動物番組(タイトル忘れた)でたまに特集が組まれていて名前を知っていたくらい。
アラスカに来てから彼の事を詳しく知るようになりました。
UAFで彼の写真の特別展示みたいなのをやっていたとき
奥様がいらっしゃって
凛とした方だなあという印象を持ったのは覚えています。

しかし、親びんのUAF入学のエピソードって星野さんのとそっくりじゃない?
確か、彼の本にも「英語のスコアが足りなかったけど、頼み込んで入学させてもらった」って書いてあった記憶があります(笑)

私はそんな情熱を持ってアラスカに来ていないから
なんか恥ずかしいな・・・
2010/03/27 18:02 | | edit posted by ルティカ
わぁ~うらやましぃ!翔馬くんがもう高校生!?ドン・ロスさんの奥様が日本人!?などと、普段アイドルには興奮しない私もミーハー根性丸出しで読んでしまいました(苦笑)

私がアメリカの大学に居る間に絶対にUAFで授業をとるんだ!と思ってUAFで夏が過ごせたのもきっかけは星野道夫さんでした。
私も保育園児の頃に星野さんの熊の本に出会い、それから母がファンだったこともあり、星野さんの写真集、カレンダー、エッセー、ガイアシンフォニー。。。それらに影響を受けながら育ちました。高校生の時の読書感想文は「旅をする木」でしたし(笑)
今思い起こせば、私の人生って星野さんの影響受けまくりです。私や私のいとこが場所は違えどアメリカの大学に進学したのも星野さんの影響は少なからずありますし、親分さんとアラスカで出会えたもの元をたどれば星野さんってことなのかなと改めて思いました(笑)
アラスカにお邪魔した頃、「きっかけは植村直己?」とよく聞かれましたが、正直植村さんが行方不明になった頃は一才にもなっていなかったので恥ずかしながらアラスカに行って植村さんのことを知りました。今も多くの日本人ビジターがいるアラスカだと思いますが、きっと私の世代は星野シンパの方が多いのかなぁなんて思います。あまり自分としては「シンパ」にはなりたくない気持ちですが、こうやって思い返すと十分立派なシンパでしたね(笑)けれども、星野さんの熊の写真の絵本から、色々な出会いにつながったことに感謝しています。もちろん、親分さんと出会えたことにも感謝です♪
2010/03/27 20:02 | | edit posted by Mai
ご無沙汰してました♪
やっぱり、星野直子さんはフェアバンクスに来ていらしたのですね。
実は私もそれらしき方をフレッドマイヤーで見かけたのですが、寝跡をつけたまま出掛けてたので(笑)、声を掛けられず仕舞いでした。
見かけた方が故星野さんの奥様で間違いなかったと判明してちょっとすっきりしました(^ー^)v
星野さんの本、私も好きでよく読んでいましたし、アラスカに来てからも時々読み返したりしています。
星野さんを通して見るアラスカはとても温かくて素敵ですよね。
2010/03/27 20:33 | | edit posted by ジャスミン
私は星野さんの講演に行ったことがあります!その頃はまだ子どもが小さくてゆっくり話も聞けなかったのですごく残念ですが、星野さんの瞳の深さにはなんとも心を打たれました。星野さんが亡くなった事件が新聞に載ったとき、夫が驚いていました。だって、同じクラスにいたそうです・・・そう、夫もフェアバンクス大学なもので・・・
何か話したの?って聞いたら、まあ馬鹿話かな~なんて言ってましたよ。
 
2010/03/27 21:08 | | edit posted by きすか
素敵な出会いがあってよかったね~。
フェアンバクスから引っ越せないっしょ、もう、運命の土地。

ちょっと私のは軽いけど、Indian文化にのめり込んで、大学で勉強しようと思ったのがすべて今の生活につながってる。分かるわ~、ちょっと感動するよね。

運命っすよ、親分。
2010/03/28 09:54 | | edit posted by ナンゴ
星野さん親子との出会い、ただの偶然ではない気がします。やっぱり親分はアラスカに来るべくして来た運命にあったんだなあって感じました。




2010/03/28 15:53 | | edit posted by ちび
すごい偶然!こういう事ってあるんだね。この日の感動、喜び、興奮・・・は、きっとすごいものだっただろうねぇ。親分にとって忘れられない日になったでしょう~。
2010/03/28 18:09 | | edit posted by おたみ
きゃらはんさん>
そうなんだ!私は星野さんの本の中に登場する直子さんと、直子さんご自身が書かれた本を読んで「こんな感じの人なんだろうな」とイメージしていたのだけれど、イメージ通りの人でした。

ルティカさん>
星野さんの文章は本当に面白いよ。私はどちらかというと彼の写真よりも文章に影響を受けました。
そうそう、私UAFに入るのにTOEFLのスコアが7点足りなかったんだよ。(笑)「もう婦長に6月一杯で仕事辞めて9月から留学します、と退職願を出してあるし、たった7点の不足ぐらいで1年を棒に振ることは出来ません。」というようなお便りを3回ほど学長に手紙を書いたら「そんなに来たいなら来てもいいよ。」と許可が降りました。若いって無茶。(笑)
でも星野さんなんて、手紙もかかずにフェアバンクスに来ちゃって、実際に学長に会いに行ったんだよね。(笑)
恥ずかしい、なんて感じることないでしょう!!!どんな縁であれ、アラスカの村で村の人たちに馴染んでしっかり生きてるルティカさん&食ぱんマンこそ素敵だな、と私いつも思ってるんだよ!

Maiちゃん>
そんなに長年を通じての星野さんファンだったのか!私は星野さんの追悼特集で初めて彼の存在を知りました。亡くなってしまった人間に、これだけ影響されて人生の帰路を大きく変えられてしまうというのもなんだか面白いよな、と他人事のように良く思います。
彼のアラスカの人間に対するなんとも言えない暖かな視線に私は惹かれました。自分でここに根を下ろして住んでみて、心から納得できる部分というのも多々ありました。本当に惜しい人を亡くしましたね。

ジャスミンさん>
久しぶりー。元気だった?ロッキー君もその後どう?
ジャスミンさんがフレッドマイヤーで会ったのはきっと星野直子さんだね。私も実はこれまでに2回ほど街中で彼女を見かけたことがあるのだけれど、声をかける勇気がなかったのでした。今回ようやくお話することが出来てうれしかったよ。

きすかさん>
きすかさんの旦那さんは星野さんのクラスメイトでしたか!わたしも星野さんとゆかりのある人には沢山会いましたが、皆「星野道夫はなんだか飄々として、おとなしいけれどいつもニコニコしていてイイ奴だった。」と同じようなコメントをしますね。
生前の彼に一度会ってみたかったですね。きすかさんは彼の講演会に足を運ばれたとは。うらやましい限りです。

ナンゴさん>
運命かね。また何かの拍子に「運命」で他の土地に移り住むようなことも私にはありえないことではないけどね。(笑)
部長だって何かのきっかけでインディアン文化に強く惹かれたわけでしょう。それでいまそうしてそこでインディアンの妻・母として生きてるわけでしょう。
人生って面白い!

ちびさん>
そうなのかなぁー。でも本当に自分はここに来るようになっていたんだなぁ、と思うことがあります。何か、ものすごく強い磁力でぐいぐい引っ張られて気がついたらこんなことになっていた、という感じ。「自分の場所」を見つけられた自分は幸せだなぁと思うし、そういう道に引き込んでくれた星野さんには本当に感謝しているのです。

おたみちゃん>
忘れられない出会いでした。直子さんご自身が執筆された本まで持って読んでいるからね。星野さんは亡くなってしまったけれど、星野さんの本や写真を通して、彼の心がこうして沢山の人間の中で形を変えて生きているのだ、ということを奥様にお伝えできてうれしかったです。そんなことはもうとっくにわかっていらっしゃったとは思うけれど。
2010/03/28 20:16 | | edit posted by 親分
久しぶりにのぞいてみたら、、、すごい!!(@_@;)

自分が影響を受けた人の奥さんに出会えて、お話出来て、しかも!自分がアラスカにいる理由まで伝える事ができたなんて!
すーっごく、興奮したんだろうな~^_^;親分。

この興奮は、まるで自分が福山に偶然出会ったかのような興奮と同じなんだろうな~って、、妄想!?しながら読んじゃったよ~(^0_0^)(←同じにするなって!?)

東京時代の親分を知っているだけに、簡単に想像できました(笑)

2010/03/30 05:23 | | edit posted by しんちゃん
うわー、すごい出会いだね。
親分と初めて仙台で話をした時にも、確か星野さんの話をしていたよね。
それだけアラスカに魅せられて、今やその地でしっかりと足をつけて生活している
んだから、どんな事も偶然という言葉では片付けられない何かを感じるわー。
しかも以前の家の近くにお住まいだなんて!そりゃビックリだね~。
2010/03/30 11:43 | | edit posted by ゆえ
しんちゃん>
もちろんうれしかったけれど、なぜか心はしんとして落ち着いていたよ。とうとうお話が出来てほっとした、という感じ。
しんちゃんは「福山」なのね!いまだに!(笑)竜馬がんばってるのかしら。司馬遼太郎の「竜馬が行く」のファンの私にとっては、彼はちょっとイメージが違って不満なんだけど。(笑)

ゆえちゃん>
そうだった?ゆえちゃんにまで星野さんの話をしていた?あのころ熱病のように星野さんにイカれていたからねぇ。でもそのおかげで今の自分があるよ。感謝しています。
2010/03/30 19:49 | | edit posted by 親分
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