アラスカ、フェアバンクスで暮らす、親分とその子分達(キヨシ君:夫、サブ子:娘、栄作:息子、そして飼い犬 Maxine) の日常を綴ります。
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Posted by 親分
 
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無職の男
キヨシ君の風邪がだらだらと2週間も長引いて、耳まで痛くなってきたというので、「クリニックに行って来なさいよ!」と尻を叩いて送り出した。先週の金曜日、彼が仕事からあがってきてからのことだった。ちょうど同時期に栄作も風邪とひどい中耳炎をやらかしていたので、きっとキヨシ君も中耳炎を起こしているのだろうと思ったからだ。中耳炎なら、抗生物質を飲めばすぐ治る。医者が嫌いなキヨシ君もしぶしぶと夜8時まで開いているクリニックまで車を出した。

しばらくしてクリニックから帰ってきたキヨシ君に、「どうだった?」と聞くと、彼は「・・・。親分、僕の髭を切りそろえてくれない?」という。ワケもわからず「何で?」聞くと、

「医者の最初の質問が、Are you currently employed? (あなた現在、職はあるの?)だったんだもん。」

思わず爆笑しましたね!確かにキヨシ君は普段から小奇麗なタイプではない。長引く風邪と忙しい仕事に疲れきっていた彼は、いつにも増して髭がボーボーだった上、頭のてっぺんのだいぶ薄くなった寂しい頭髪さえ、あっちを向いたりこっちを向いたりしていた。そんな風貌に充血したうつろな目で、夕方のクリニックに現れた患者に、この人、職はあるのかしら、と心配になった医師の気持ちもわからないではない。「はい、青少年のカウンセラーをしています。」と答えたキヨシ君に、医師は驚いただろうか。「カウンセラーなら、もっときちんとした格好をしろよ!」と心の中で毒づいていただろうか。

若くて綺麗な医師だったらしいです。キヨシ君、傷ついたのかしら。そろそろ髭カットしてあげなくちゃ。
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Posted by 親分
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[キヨシ君と私
戦争の傷跡
今日は精神科で働いてきた。受け持ちの一人だった、20代も前半の体育会系の二枚目な患者さんは、数年前にイラクから戻って以来、その後のPTSDで悩んでいた。イラクではヘリコプターから落下して腰も痛めたそうで、その若々しい健康的な見た目からは想像もつかないほど、彼は精神的にも肉体的にも相当弱っていた。イラクでの体験が毎晩フラッシュバックとして再現され、ぐっしょりと汗にぬれて何度も起きるため万年の睡眠不足。酒やドラッグに逃げるようになった彼は、それで軍の上司から厳しい監視下に置かれることになり、そのストレスに耐えられなくなってパニックアタックを繰り返したそうだ。彼はある日、上司の監視下から抜け出して個室に閉じこもり、自分の両腕をサバイバルナイフで滅多やたらと切りつけたのだ。

すでに半月近く入院していた彼は、入院当初よりはかなり落ち着いてきていて、明日には退院予定だという。軍の生活が染み付いているためか、朝も私が起こしにいかなくても自分で起き、ベッドを直し、シャワーを浴び、自ら申し出て私の監視下できちんと髭をそって朝食を取る。(精神科病棟ではナースの監視なしに刃物を使うことは許されない。)

深く切りつけられた両腕の内側のステープル(ホッチキスの針のようなもの)をすべて抜いても良い、という医師からの指示を受けて、私が彼の病室で一本一本ステープルを抜く間、彼はそれをまるで自分に今起こっていることとは思っていないような冷めた様子で眉一本動かさずに見つめながら、イラクでの出来事を淡々と語った。

感情に任せて訴えられるよりも、それにはもっとずっと背筋も凍るような怖さがあった。

イラクで何人亡くなりました、とか、イラクで亡くなったアメリカ兵は何人に上る、とか、ニュースや新聞では良く報道されるけれど、その数の大きさに、私は「背筋も凍るような怖さ」はあまり感じない。けれどこうして目の前にいる若々しい二枚目のにーちゃんが、ご飯をもりもり食べるにーちゃんが、窓の外の太陽の光に目を細めながらベッドの上にごろりと横になって本を読んだりしているにーちゃんが、毎晩うなされ、シーツまでぐっしょり濡らすぐらい汗をかいて思い出す光景とはいったいどんなものだったのか。

国の助けになりたい、という若者らしい正義感だったのか、もしくは軍に奉仕して大学進学の糧にするつもりだったのか。どんな理由にしろ、軍に入ったときの彼はこうした結末を予測しただろうか。

恋人との色恋沙汰で自殺未遂を図るような、若い女性患者の腕の浅い傷とは比べ物にならない彼の両腕の切り傷の深さが、その心の傷の深さをそのまま表しているような気がした。戦争の傷跡、それはこうして生身の人間にしっかりと刻まれている。彼のような若者が、いったい今のアメリカにどれぐらい居るというのだろう。私が Old Navy で洋服を買ったり、スタバでグリーンティーフラペチーノを飲んだり、娘と息子と水泳教室で奮闘しながらもどかしい思いをしたりしているこのアメリカで、戦争の傷を背負ったまま生きることよりもいっそ死を選びたい、という私よりも10才以上も年下の若者がいる。

それがこの国の怖さだと思う。自国が今「戦争をしている」という実感を得られずにすんでしまう世の中。私と同世代か、もしくは私よりもさらに若い世代のたくさんのアメリカ人が、今、地獄を生きている。
Posted by 親分
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[ナースのお仕事
Dr. H
産婦人科のベテラン先生、Dr. H。バーコード頭に牛乳瓶の底のようなメガネ、「ひっひっひ」とも「へっへっへ」ともつかないニヤニヤ笑いが、初対面の人には気持ち悪いと思われるかもしれない。ナンゴさんの3男くんを取り上げたのもこの先生だったのだけれど、ナンゴさんには確か「ムツゴロウ」と呼ばれていた。

しかしそんな彼でも、少しその人となりを知るようになると、皆が皆、彼の大ファンになってしまうのはなぜなのか。

まず、彼の頭は切れる。他の州でエリート街道をまっしぐらに走ってきたらしい産婦人科医なのに、なぜかこんな田舎で細々と診療を続けている。堂々と誇れるキャリアとすばらしい腕を持っているのに、自慢するということが一切なく、「薄気味悪いがなんだか可愛く憎めない頼れる産婦人科医」としてフェアバンクスでは皆に愛されている。

私も産婦人科で働き始めた頃にはなぜナースがこぞって「Dr. H!Dr. H!」と慕うのかがいまひとつわからなかったのだけれど、ナースステーションで交わす会話の端々に見え隠れする彼の人柄に触れるにつれ、私もDr. Hの大ファンになってしまった。彼がナースを叱り付けるところも、小言を言うところも、私はただの一度もみた事がない。

もみ手をしながら患者さんの部屋から出てきて、
We just have to wait. We can not rush things in this business.
とナースステーションの一角にちょこんと腰を下ろし、のんびりとコーヒーをすすっている彼は可愛い。

なかなか分娩が思うように進行せず、イライラ不安になってきている患者さんでも、あのムツゴロウのような顔で
There's no baby who stays in mommy's belly forever.
とDr. Hにニコニコ諭されると「それもそうだな。」という顔をして落ち着いてしまう。

やっと担当の患者さんの赤ん坊が生まれて、分娩室から出てきた彼に「とうとう生まれましたかー。」と私が声をかけると、彼は乱れたバーコード頭を手櫛で直しながら
Yep, still exciting. There's nothing like it.
と本当にうれしそうに言う。Dr. Hはこの仕事を何十年としてきているはずだ。何百人、いや、それ以上の赤ん坊を取り上げてきたのかもしれない彼が、still exciting, there's nothing like it.と言う。

そういえばナンゴさんも最初は「初めて診察室にDr. H が入ってきたときには、旦那が『おい、おい!こんなんで大丈夫かよ~!』って心配していたよ!」と笑っていたけれど(それだけ見た目のインパクトが強いということだろう。笑。)、やっぱり最後には彼の人柄と腕の良さに満足していたようだった。赤ん坊が生まれているのに胎盤とへその緒を愛おしそうに見つめながら「こんなのが9ヶ月間もお母さんと赤ちゃんをつないでいたんですねぇ。生命の神秘ですねぇ。」としみじみと語っていて、ナンゴさんに「胎盤はいいから赤ん坊の方を!」と心の中で突っ込まれていたというDr. Hの話を、私は今でも覚えている。

そろそろ引退を考えているそうだけれど、もうちょっとがんばって欲しいな、と一ファンとしては願う!あまりの忙しさに皆がテンパっている時に、彼の「All we have to do is to have babies!ヒッヒッヒ。」とか、「忙しいのは良いことだ、Job Security だよ、みんな!」という口癖が聞けなくなるのが、やっぱりちょっと寂しいからだ。
Posted by 親分
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[ナースのお仕事
水泳教室初日
今日は水泳教室初日。

サブ子は自分で選んで買ってもらったピンクのフリフリビキニ(「人魚姫みた~い・・・」と鏡の前で試着をした自分に見とれていた。)を着て Toddler クラスへ。海パンの下に水泳用オムツを履いた栄作と私は Parent/child クラスへ。

案の定サブ子は怖がってプールサイドにしゃがみこみ、頑として動かない様子。サブ子をインストラクターに預け、少し離れたところで親子クラスに参加して、こちらも不安気な息子を抱っこしながらゆらゆらしてみたりバシャバシャしてみたりしていた私のところに、困った Toddler クラスのインストラクターが「ママがいないとダメみたいなんです。」とサブ子を連れてきた。

右手に娘、左手に息子。どうすりゃーいいんですか。

30分間、なんとか子供達を水に慣れさせようと、2人を両脇に抱えて Toddler クラスと Parent/child クラスの間を行ったり来たり。来週はもっと楽しめることを願う!
Posted by 親分
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[子育て
家事
日曜日の夜から、キヨシ君と私の休みに合わせてキヨシ君のご両親が3泊していった。孫達の野蛮児度にどれだけ驚いて帰ったことだろう。しかしどんな孫でもやっぱり可愛いことは可愛いらしい。

片付けや掃除が嫌いな私の家は、普段大変散らかって汚いことになっている。その上、風邪&腰痛で先週の我が家はますますすごいことになっていた。キヨシ君のご両親が到着する前日に、キヨシ君の助けを借りて死に物狂いで掃除。

私は料理と洗濯は好きだが、それ以外の家事は出来れば一切したくない。したくない、とここで宣言してもせずに済むわけではないので、これからも仕方なくはするけれど。

Posted by 親分
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[日々のこと
体調不良
先週の火曜日、スケート教室で本気で練習をしていたら転倒してこっぴどく膝を打ち付けた。こりゃあ青痣になるな、と瞬時に思ったが、両膝の青痣どころではおさまらず、翌日、翌々日からじわじわと腰の方が痛み始めた。同じ頃から風邪も引き始めていたので、風邪のせいで節々が痛むのか、転倒したときに実は腰まで痛めていたのか、はっきりしない。しかし週の終わりごろになると腰痛の為に寝返りを打つのさえ辛くなり、「これはただの風邪の節々の痛みではない!」という結論に。

咳をするたびに腰は痛むし、もう散々だった。仕事も1日休んだ。あれですね、腰痛持ちの人から「車の乗り降りが一番辛い」と良く聞きますが、その気持ちが今回よーーーーーーーーーくわかりましたね。患者さんの辛さを実体験。より理解あるナースへ、一歩近づいた思いです。←我ながらすごいポジティブ・シンキングだ。というより、半ばヤケクソ。

ただし身体がぼろぼろだったこの1週間の間に、実はとんでもない朗報があったのだ。東京に住む親友の kiki ちゃんが新年早々「乳がん」診断を受けてからここ数ヶ月、聖路加病院へ主治医を移して精密検査を繰り返していたのだけれど、それがなんと「がん」ではなかったことが判明。心からほっとした。

30代も半ばになって、風邪が昔のように簡単に治らなかったり、腰を痛めたり、同い年の友人が大病の診断を受けて病院通いをしていたり。私達ももう若く元気に無理していられる歳ではなくなった、ということなのだろう。気だけはまだまだ若いつもりでいるけれど、身体も大切にしなくちゃなぁ、としみじみ感じた1週間だった。

ちなみに風邪も腰痛も昨日の夜あたりからようやく少しずつ快方に向かっています!
Posted by 親分
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[日々のこと
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