アラスカ、フェアバンクスで暮らす、親分とその子分達(キヨシ君:夫、サブ子:娘、栄作:息子、そして飼い犬 Maxine) の日常を綴ります。
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脱皮中
昨日は NICU(新生児集中治療室)での仕事。受け持ちだった2人の赤ん坊は、誕生日はたったの2日違いなのに一人は1600グラムぐらいしかなく、もう一人は4000グラム近かった。保育器に入れられた1600グラム君にお母さんが絞って冷凍してもってきた母乳を温めて管を通してあげたり、4000グラムちゃんには点滴から抗生剤を投与したり、彼女の親であるところのかわいらしいカップルに育児指導をしたりしていた。忙しいNICU には悲喜こもごもなケースがごった煮になっていて、3人目の誕生を心から喜んでいる様子で、窓の外からバシバシフラッシュを焚いて写真を撮っている幸せな家族がいれば、コカイン中毒の母が OCS(州の乳幼児保護機関?)に取り上げられてしまう自分の赤ん坊を名残惜しそうに撫でながら「ごめんね。ごめんね。」と嗚咽していたりした。しかし彼女はこれが7度目だそうだ。7度も子供を産み、7度もこんな思いをしながら、ドラッグを止められないというのはドラッグをやったことのない私には理解不可能なことだが、何と残念なことだろう。赤ん坊はこれからその小さな体で中毒離脱を乗り越え、州に一旦保護されて、いずれは養子としてどこかへもらわれてゆくのだ。

仕事中なんだか節々が痛く、ゾクゾクし始めたので「ヤバイ!」と思い、すぐに Tylenol を飲んだらあっけなく治った。あれはいったいなんだったのだろう。これは絶対インフルエンザの前触れだな!と思ったのに。やぶ医者ならぬ「やぶナース」(これは日本の父親が良く私に言う呼び方です。「ホントかー?このー、やぶ看護婦!」という風に。)の予測とは当てにならないもの。

仕事から帰ると全身が痒くなって、ひたすらぼりぼり掻く。実はここ1週間ぐらいそうなのだ。私は特定の金属やケミカルに対してアレルギーがあるのだけれど、今回のこれはなんかちょっと違う気がする。自分の体からなんか毒が出ている感じ。最近食生活が乱れているし、悩み事もあってきっと疲れているのだ。イライラするし、子供達(特に栄作)がギャーギャー泣いて暴れると、どすの利いた声で「お前、あんまりうるさいと他の部屋に閉じ込めるぞ!」と脅してしまう。そして昨夜は痒いのを我慢してなんとか眠りにつこうとしているのに、耳元で栄作が寝たくないと泣き叫び続けたので、無言でそんな息子を隣の部屋に連れてゆき「タイムアウト。」と本当に閉じ込めて布団に戻った。キヨシ君がその後ちゃんとフォローして泣き叫ぶ息子に辛抱強く言い聞かせ、レスキューしていたが。私はそうして今日も夫に助けられている。彼が居なかったら子育てなど私には全く無理な話だったと思う。

嫌なことが続くが、この毒を出し切ってしまえば頭の中に何かすっきりした強いものが残りそうな感じがするので大丈夫。こういう時期も、きっとたまには必要なのだ。夫と子供には申し訳ないが、私はきっと脱皮中なのです。もう少ししたら薄汚れた外皮を破ってつるつるした新しい自分が出てくるよ!それを待っていて!という気持ち。
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Posted by 親分
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[日々のこと
精神科看護について思うこと
今日は精神科で働いてきた。

私は精神科のナースと一緒に働くのがとても好きだ。どうしてだろう、とずーっと気になっていたが、精神科のナースの前では、自分が「許された」感じがするからなんだな、ということに今日やっと気づく。同業者の私ですらそうなんだから、入院治療を免れないほどに精神を病んだ人々にとって、あの「許された」感じというのがどれだけ意味を持つことなのか。

他の科のナースはどこかしら精神科ナースを小馬鹿にしているところがあるな、とずっと感じてきた。それは例えば「向精神薬以外については薬のことも良く知らない、IVケアや経管栄養もろくに出来ない、忙しい一般の科での仕事量をこなせない」とかそういう理由であることが多いような気がする。精神科ナースが他の科に手伝いにやってくると、「使えない。」と全く失礼な陰口を叩くナースまでいる。ICUや外科、内科のナースがたまに精神科に手伝いに借出されると、皆決まって「精神科ってすっごく暇で何していいかわかんない。」とか「居眠りしないでいるのが大変だったわ。」と、精神科が自分の働く科と比べるといかに楽ちんでつまらないものであるかを豪語するが、それは精神科看護の深さを知らないからなのだ。

自分が患者さんにかける一言がどれだけ重いものであるか、ということを精神科ナースは知っている。どういう時に声をかけ、どういう時にそっとしておくべきか。強い感情でモロに乱暴な言葉や暴力をぶつけてくる患者さんにはどういう対応をするべきか。くよくよと泣いてばかりいるうつ病の患者さんは下手に励ましたりがんばらせたりしない。家族背景や社会背景をじっくりと時を待って聞き出し、退院して社会に戻ったときに彼らをサポートするネットワークを張る。そういうことを色々と頭で考えているのが精神科ナースなのだ。

数値や見た目ではっきり成果が出るわけではない精神科看護は、他の科のナースには理解しがたいものなのかもしれないが、Float Pool のスタッフとしてしばらく一緒に働いてみて精神科看護の難しさを実感している私は、精神科ナースってすごい!とやっぱり舌を巻くしかないのだ。あれだけ「頭を使う」看護、というのは他にない気がする。そしてそんな私のような未熟なナースのこともありのまま暖かく仲間として迎えてくれる精神科ナースが、私はやっぱり好きなのだ。
Posted by 親分
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[ナースのお仕事
アナちゃんファミリー
先日、サブ子の親友のアナちゃんからお誕生会の招待状をいただいた。

アナちゃんとサブ子は生後6~7ヶ月の頃から病院付属の同じデイケアで「仲良し2人組」として育ってきた。4歳になり、プリスクールに進級した今でも仲良しぶりは変わらず。クラス中の子供達がどんなにギャーギャー騒ぎながら踊りまくっていようが、アナちゃんとサブ子だけは2人きりで部屋の隅っこに陣取り、クスクス笑いながら一緒にお絵かきをしていたりする。朝、プリスクールに送っていく時、「ママ行かないで。」と寂しそうな顔をするサブ子も、アナちゃんがいる時だけは「今日はアナが居るよ!ママ、バイバイ!」と笑顔で手を振ってくれる。そんなアナちゃんのお誘いとあれば、社交ベタな私も娘を連れてアナちゃん宅へお邪魔するしかあるまい。

アナちゃんは小柄な体にアフロとクリクリの目元が印象的なカワイ子ちゃんだ。アナちゃんのママは病院付属の老人ホームでナースをしているが、透き通るような白い肌に赤毛のベリーショート、うなじにはカッコイイ刺青を入れており、真っ赤な口紅と個性的な服装がとても似合うロックなママだ。アナちゃんのパパは背の高い黒人で、とてもおとなしい。

親友のバースデーパーティー参加、という初体験にわくわくするサブ子を連れて、常々面白そうだ、と思っていたアナちゃんファミリーの様子を私も付き添いとして便乗してのぞいてくることが出来た。アナちゃんのママは「ハローキティー」のTシャツをぴちぴちに着こなし、ケーキやらディナーやらをせっせと手作りしていた。ガレージの一角で飼っているという鶏を見せてくれたり、ホスピス看護に熱中している、という意外な一面も覗かせてくれた。サブ子が来てくれてうれしい、アナはサブ子への招待状に一番時間をかけて念入りに書いていたのだ、とも言っていた。アナちゃんのママとはサブ子の送り迎えで顔を合わせる程度で、ゆっくり話をするのは実はこれが初めてだった。

パーティー参加者は、双方のおじいちゃん、おばあちゃんに加え、パパ、ママの友人夫婦数組にパパの妹夫婦一組、そしてその子供達。これが、結構面白い異文化交流だったのだ。たとえば、アナちゃんのママ方おばあちゃん(いかにも典型的なアメリカの白人中流家庭のやさしいおばあちゃん風)が、アナちゃんのパパの妹(全く気取らない気の良い太った黒人のお姉さん)に「あらー!ちょっと見ない間に髪がずいぶん伸びたのねぇー。」とか言って本気で驚いている。そして彼女に「え!これ!?やーだ、これはエクステンションよぉ~!」と笑われ、おばあちゃんは「エクステンション」など見たことも聞いたこともない、という顔をして彼女のドレッドヘアを物珍しげに見ていたりする。

アナちゃんのパパの友人だという背の高い黒人の兄ちゃん(見た目が激似であったため、私は心の中で密かに彼のことを Snoop Dogg と呼んでいた)は全くクレイジーで、終始アナちゃん&子供達と一緒に金切り声で叫んだり飛んだり跳ねたりしていた。アナちゃんのママ方おじいちゃん(痩せた白人の怖そうな頑固じじい風)はそんなうるさすぎる Snoop Dogg を見ては時折無言で顔をしかめていた。でも彼は彼なりに不器用ながらも孫娘を溺愛している様子が丸わかりで微笑ましかったが。

サブ子は Snoop Dogg をしばらくじーっと観察していて、普段は人見知りなくせに彼が一人になった頃合を見計らってすたすたと近寄ってゆき、ちゃっかり彼の膝の上に座って「あのね、これはワンワン、犬。」とぬいぐるみを見せたりしていたのには驚いた。Snoop Dogg は「あー、そう!これは犬なのー!!!!えぇー!?なんで!?なんでワンワン?!すごい!」と必要以上に驚き、関心してみせたりしていて、サブ子はすごーくうれしそうだった。子供にはわかるんだな、子供好きな大人というものが。彼のクレイジーさが安心できる暖かいものだったので、私はなんだかうれしくなってそんな Snoop Dogg と我が娘のやり取りを見ていた。Snoop Dogg の彼女はエキセントリックな白人で目があちこちを向いていて見た目が怖く、彼氏とは正反対でとにかく無口なのだったが、そんな彼女も Snoop Dogg とアジア人の娘っ子(サブ子のことです。)との微笑ましい会話を楽しそうに聞いているようだった。

とにかく、アナちゃんのバースデーパーティーに集ったゲストには個性豊かで面白そうな人間が他にもたくさん居た。全く違った雰囲気を持つ個人個人といっぺんにお話が出来る、というのはなんだかお得な体験、という感じさえしたし、パーティー嫌いな私でもそんな「変な人いっぱい」な集まりでは浮いてしまうということもなく、妙にリラックスして楽しい時間を過ごせた。最後に「アナ、お誕生日おめでとう。」「来てくれてありがとう。」とハグを交わすサブ子とアナちゃんのうれしそうな様子、それを暖かい目で見つめる沢山の面白い大人達、サブ子を連れて来て正解だったな、たまにはこういう付き合いにも面倒臭がらずに顔を出した方がよいのだな、と思ったアナちゃんの4歳のお誕生日。

我が家のサブ子もだけれど、アナちゃんもある意味「面白い異文化間結婚」の中で育っていくのだなぁ、どんな子に育つのだろう、と楽しみに思いながら帰路に着いたのでありました。
Posted by 親分
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[子育て
恒例、紅白歌合戦レビュー
日本の親が今年もビデオに録画して郵送してくれた第60回紅白歌合戦。ベタベタな日本人らしさ溢れる紅白。日本に住んでいたら全然面白くないであろう紅白。海外生活10年だからこそ見たいと思える紅白。昨日、夕飯の準備をしながら、だらだらとご飯を食べながら、かなり遅めではあるけれど日本の大晦日気分にひたって一通り見ました。感想を述べます。


EXILEの良さがいまだにわからない。おばさんには、不良青年の集まりにしか見えません。歌も踊りもいまひとつなのに、人気の秘密は一体何なのだろう。

見たことも聞いたこともない「遊助」のゆるさ加減が素晴らしかった。彼は何者なのか?

ポルノグラフィティのボーカル(発音があそこまではっきりしている歌手を私は知らない。彼は口をしっかり開けて歌いますね。)が誰かに似てると思ったら、友人、○端N子の旦那だった。

アンジェラ・アキは毎年同じ。紅白以外に活躍の場があるとは思えない。毎年同じと言えば美川憲一が「さそり座の女」を紅白で歌うのは今年で何度目なのだろう。

コブクロのサングラスの人を見て「この人髪切ったね。」とコメントする私に、キヨシ君が「そりゃぁ1年に最低1度ぐらいは髪を切るでしょう。」と。そうだった、私が最後にこの人を見たのは1年前の紅白歌合戦なのだ。

aikoは相変わらず個性的で素敵。決してビジュアル的には売れそうもない容貌なのに(ごめんなさい。)才能でここまで輝けるんだな!可愛いな!とあらためて感動。

ジェロの演歌とヒップポップダンスという組み合わせに思わずテレビの前で吹き出す。

布施明は毎年「なんだかなぁ」と思っていたが、今回「僕のようなものが毎年出て、才能のある若い歌い手達が紅白に選ばれないというのはおかしい。僕が出て平井(堅)君とかが出ないのはおかしい。」と紅白の人選に不満を抱えて今年で紅白を卒業、という話をネットで前もって読んでいた。なんてかっこいいオヤジだ。そしてそんな彼の歌声はやっぱりすばらしいのであった。

森進一のヘアスタイルはどうなのか。髪型で若作りしても、変にこわばって皺のない顔が怖いのは一緒。

氷川きよしはもはや演歌歌手ではなく、すっかりお笑い路線に走ってしまっていて、氷川きよしファンだった我が夫、キヨシ君を悲しませた。キヨシ君:「『箱根八里の半次郎』の頃の、正統派若手演歌歌手だった彼のまわすこぶしが僕は好きだったんだ!」・・・「愛してルンバ!」じゃやっぱりダメなのだろう・・・。

マイケルジャクソン追悼のダンスメドレーで「俺はイケてる!」とばかりに自分に酔いしれて踊るキムタクは痛々しかったが、それ以上にがんばって練習したのであろうにも関わらず、動きが妙に硬い吾郎ちゃんはもっと痛々しかった。苦手なことは無理にさせないほうが良いと思います。

小林幸子はもはやネタがつき、あそこまでやらないと周りが納得しなくなってしまったのだろう。自分を追い込んでしまったのは小林幸子本人だとは言え、やっぱり同情してしまう。

北島サブちゃんの顔がさらにかわいらしくなっていた。ああいう置物があったら我が家にも一つ欲しいぐらい。

審査員だった森光子がすっかりボケていてショック。あれはもう、目が完全にイッちゃってるだろう。

ゲスト出演していた西田敏行とマチャアキこと堺正章がますます素敵なおじさまに。なんかもう、その顔から人の良さがにじみ出ているのだ!そんな素敵なお2人に挟まれた武田鉄也が私は嫌いです。

AKB48については感想を述べる余地もありません。

以上。
Posted by 親分
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[日々のこと
冬道の運転
昨日の通勤時のこと。

高速に入るカーブでブラックアイスに当たったのか、車がそのまま横に滑って縁石にガツーンと当たり、乗り上げてからようやくガッタン、と道に戻った。早朝だったので運良く前後に他の車はなく、前輪、左タイヤのリムを破壊しただけで済んだのだけれど、冷や汗をかきながら心臓をドキドキさせていると、後部座席に居たサブ子に

「マーマー!Be careful! That's dangerous!」と叱られた。

ごもっともでございます。「ごめんね!ママ、気をつけるから!もうしない!」と子供達に平謝りしつつ、タイヤがパンクしていないことを確認してゆっくりと車を走らせ始めると、サブ子は

「That was fun!」と突然笑い出し、隣の栄作まで便乗して「Fun!」と笑い出す始末。「Mama, one more time!」とうるさい子供達をたしなめながら(私の運転する車はスリル満点の遊園地のアトラクションと一緒か!)、のろのろと託児所、病院まで安全運転したのでした。

皆さんも冬道の運転にはくれぐれも気をつけましょう。
Posted by 親分
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[アラスカ
夫のこと。
うちの夫はちょっと変わっていて、物事を順序立てて効率良くこなす、ということが一切出来ない。

何かに夢中になるとそのことしか考えられないようで、ぼーっとしている。今は「この夏自分で建てる(と本人は言っている)グリーンハウス、物置、サウナ(でもたぶん今年中には建たない。)」のことについて。ちょっと前は「水槽につけるライト?を自動的に決まった時間にオン、オフする装置作り(これは実際に出来上がった。)」について。その前は「(再び)仏教の教え」について。「特定の動物や昆虫」について時々狂ったように調べまくるのは子供の頃からそうであったらしい、と彼の両親から聞いて結婚する前から知っている。

図書館から大量の本を借りてきてそれをベッドルームのドレッサーの上に積み上げ、連日片っ端から「役に立つ情報」を拾っては何やら紙に下手くそな字でメモを取り、それを一気に紙にタイプして小さく折りたたみ、ズボンのポケットに入れて常時持ち歩く。寝る暇も惜しんでインターネットで延々と調べものをし、何か新しい発見があれば例の紙に書き込みをする。(たまにそれをズボンごと私に洗濯機でガラガラ洗われてしまい、がっくりとうなだれる彼を何度見たことか。)

仕事や学校というところでは全く生かされない興味であることが多く、その興味の為に仕事や学校が疎かになってしまうので、まったく「世渡り」や「社会生活」には向かない不器用な人間だと思う。事実彼は10年以上かかってもまだ大学を卒業できずにいるのだ。アメリカの世のお父さんや夫達が良くそうであるように、家まわりのちょっとしたものを自分で修理したり、時には料理をしたり、妻や子供を連れて行楽地へ家族サービス!ということも、ない。

困った夫だなぁ、頼りにならないなぁ、と普段は不満を漏らしつつも、こっちが本気で悩んで困ったときにちょっと意見を求めると、必ず「一理ある」とこっちが納得できる答えをくれるので馬鹿にも出来ない。卒業はできていなくても彼は一応は大学で哲学を専攻していたのだ。考える、ということに関しては、4つも年下の彼に私はどうやったって適わない。熱しやすく、偏った意見に縛られてすぐに動けなくなってしまう私に反し、彼の柔らかな頭は常に開かれている。

最近ショックな出来事が続いているのだけれど、こういう時こそ彼のような夫が居て助かったな、とつくづく思う。「どうしよう、どう動いてよいのかわからなくなってきた」と思っても、彼の若いのに禿げが進んできた頭や、白髪交じりの赤毛の髭や、めがねの奥のらくだのような目や、ぬぼーっとした後姿を見ていると、「この人と一緒にいるんだから何が起こってもきっと大丈夫だろう。」と根拠も無く思えてしまうから不思議だ。
Posted by 親分
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[キヨシ君と私
インドネシアからの少年
プライバシー保護の為、本当は仕事で出会った患者さんのことを外に漏らしてはいけないのですが。小児科で受け持ったインドネシアからの少年のことについては、地元の新聞にも詳しく話が載っていたのでここで少しお話させてもらってもいいだろう、と判断して書くことにしました。長文です。

インドネシアからやってきたT君、10歳は、2年前にふとした事故で全身大火傷を負いました。貧しい家庭に生まれたT君は何と医者にも連れて行ってもらうことが出来ず、せいぜいシャーマン(祈祷師)のところに連れて行かれた以外は一切治療という治療を受けなかったそうです。そしてその火傷を負った全身の包帯交換(もちろん素人による)にも痛み止めが使われるということは一度もなかった、と。

私は東京の大病院の救命センターで働いていた時代、何が一番嫌って「重度の全身火傷」の治療が一番嫌でした。包帯交換の前に強い鎮痛剤を使用しても、やっぱりその痛みとストレスは患者さんの胃に潰瘍まで作り、精神状態に異常をきたす患者さんも少なくありません。あれは、治療する側にもとにかく辛い体験です。

そんな苦しみを、痛みを、当時たったの8歳だった男の子が、一切の鎮痛剤も与えられずに素人の包帯交換で受け続けて丸2年。手足の指はところどころ火傷で解け落ち、変形し、全身に残ったケロイドが手足の関節やら股間まで硬直させてしまったためにモノを上手につかんだりまっすぐに歩くことができません。右足には2年前の火傷からまだ完治できないでいる開放創が。

そんな彼は学校にも行くことができず(もちろん友人達に忌み嫌われ、いじめられるからです。)、結局孤児院暮らしに落ち着きます。そんな中、フェアバンクスのとある慈善団体がインドネシアにオープンしたクリニックに通い始めた彼は、そのクリニックでボランティアをしていた、私の働く病院のオペ室で働くナースに「この子にアメリカの医療を」と色々と取り計らわれたのがきっかけで、こうしてうちの病院で一年間にわたる整形、形成手術の数々を受けることになったのです。ここまで来るには、たくさんのフェアバンクスの人々の尽力があった、と新聞にはありました。

今回は右手親指と手首の再建、太ももからの皮膚移植。次回は左足の親指再建もろもろ。形成的な手術は、その後になるようですが、まずは彼の手足の機能の回復を目指すということで、何度にもわたる手術の第一回目はとりあえず成功に終わりました。術直後のT君を受け持った私が、通訳を通じて「痛みはどう?」と聞いても、そのきりりとした目でまっすぐに私を見て「大丈夫」という10歳の彼。これまで想像を絶する身体的、精神的痛みを乗り越えてきた彼には右手の再建手術など大したことではないように見えます。術直後にひょこひょこと立ち上がってトイレに行ってしまった彼を見て、「普通、大腿からの皮膚の自家移植なんかを受けて、こうしてすぐに立って動ける患者なんて大人でも見ないよ。」と言った、彼をインドネシアから連れてきた当のオペ室ナースの一言が耳に残っています。

ちょっと手の位置を変えてあげただけでもつたない英語で「ありがとう」と感謝し、痛みや吐き気を聞いても「大丈夫、大したことない。」を繰り返す彼も、やっぱり10歳。病室でかけてあげた動物のビデオに白熊が出てくるのを見ては、「ルック!アラスカ!」と興奮気味に教えてくれたり、「オー、ノー!」と自分の嫌いな虫の出てくる画面を前に両手で目を覆って顔をしかめてみせたり。1年間のフェアバンクス在住の間、里親になっているという家族が病室に訪れ、皆に囲まれてリラックスしている彼はようやく子供の顔を見せてくれたのでした。

T君を受け持った当日、小児科での仕事を終え、自宅に帰っても彼のことが頭から離れません。我が家の飼い犬、マキシーンの頭を撫でてやりながら、とりとめもない疑問や怒りや悲しみが襲ってきます。マキシーンでさえ予防接種を受け、ちょっと怪我をすれば動物病院に連れて行ってもらえるというのに、8歳の人間の男の子が、こうして全身大火傷を負っても医者にも行けない、治療も受けられない、想像を絶する痛みを鎮痛剤もなしに乗り越えなければならない、そのギャップを底の見えない真っ黒な穴の中に垣間見た気がしました。

世の中には貧困問題や人権問題や教育問題や環境問題や、とにかくそういったことがたくさん渦巻いていることはテレビや映画やラジオや本で見たり聞いたり読んだりして一応は知っている「つもり」になっていました。でも私は何も知らなかった、こういうことが、地球のどこかで本当に起こっているのだ、現にこうして目の前の10歳の男の子はすさまじい人生をその小さな体で生きてくるしかなかったのではないか、彼には選択肢、というものなど一切与えられることがなかったのだ、と。

こういうことを言う自分が偽善者ぶった感じでちょっと気持ちが悪い、という気も自分でするのだけれど、やっぱり彼のまっすぐな目を見た後には「自分にはいったい何が出来るのか」ということを考えずにはいられない。だけどそれはとてつもなく難しい質問で、

たとえばT君が今回こうして、とあるナースとの出会いがきっかけでアメリカの医療を受けて生活の質が少しでも向上する(と信じたい。)、そしてインドネシアに帰る、それから彼は再び孤児院でどのような生活を送るのだろう。

たとえばT君はこうしてラッキーとも言える出会いから治療を受けられることになったけれど、そういう出会いに恵まれない他の人々(どれぐらいいるのか、想像するだけでも頭がくらくらしてしまう。)はいったいどうなるのだろう。

私の混乱した思いをうまくつづれるかどうかわからないのだけれど、私はT君にアメリカの医療を受けさせ、「あぁ私達は彼にインドネシアでは受けられないような治療を受けさせてあげた。彼らが自分達では支払えないようなミリオンダーラーを寄付金でまかない、手術を受けさせ、彼の人生を救った。私達は全く良い事をした。」と、そういうことで終わっては決していけないと思うのです。

何から踏み出せばよいのかわからない、でもT君のきりりとした真っ直ぐな視線が、彼と過ごした数時間が、私に考えるきっかけを与えてくれた、そのことには感謝しなければいけないと思っています。
Posted by 親分
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[ナースのお仕事
マイナス40度
我が家は山奥のちょっと高いところにあるので、ありがたいことに気温が街中よりもちょっと高めです。冷たい空気は下にたまるので、どんどん坂を下って町に下りていくとどんどん寒くなる。

今朝も自宅を出たときの気温はマイナス30度だったのに、仕事で町へ出たら銀行の電光掲示板にはマイナス40度と表示されていました。車のエンジンが凍り付いてしまわないように、いつものようにエンジンヒーターにつなげたコードを病院の駐車場のプラグインに差し込みながら、

「人間はどうしてこんなクレイジーなところに暮らしているのだろうか。」

という思いがふとよぎった真っ暗な今朝6時40分。寒さでビリビリした手や顔や凍りついた鼻毛、まつ毛を感じながら病院の建物の中に小走りで入ると、そこはやっぱり暖房が暖かく効いていて、普通にナースや技師さん達がスクラブ姿で廊下を歩いていて、外壁一枚隔てた世界がマイナス40度であることがなんとも信じられないのでした。
Posted by 親分
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[アラスカ
「宮部みゆき」と「乾燥ゴボウ」と「アクリルたわし」
東京に住む親友の kikiちゃんから、速達で小包が届きました。

「宮部みゆき」の文庫本が7冊(+よしもとばななの文庫本1冊)と、ジップロックに入った乾燥ゴボウ、そしてなんともかわいらしいりんご型のアクリルたわしが入ってました。

このブログをちょくちょくチェックしてくれて、日本語やゴボウに飢えたりエコなお掃除を心がけてみたりしている私の為に、お奨めの日本の小説を引っ張り出し、ゴボウをささがきにして干し、アクリルたわしを編んでくれ、小包に詰めてくれた彼女、それを基地内の郵便局から「速達」で郵送してくれたらしい kikiちゃんの旦那さん(彼はアメリカ人なのだけれど、アメリカ生活よりも日本での生活の方が長いらしく、心はすっかりサムライなのだ)。2人の心遣いに、思わずジンときてしまいました。

懐かしい筆跡のお便りには「ゴボウは東京の空の下干しました。」とあり、かつて一緒に過ごした東京の空気を一瞬嗅いだような錯覚を覚えました。2人で死ぬほど笑ったり、際限なく喋ったり、美味しいものを食べまくったり、お互いのアパートでくつろいでいた頃の、あの東京の空気。それは、田舎生まれ田舎育ちで「東京の空は汚れている」と思い込んでいた私の予想に反して、やさしく暖かいものだったことを思い出します。冬は滅多に雪は降らなかったけれどそれなりにきちんと寒かったし、春はとにかく桜が綺麗で、夏の凶暴なほどの蒸し暑さには体力的にはぐったりしながらもなんだかわくわくするような感じを抑え切れなかったし、秋はあの田舎で感じることのできる、早朝の「秋を感じさせる匂い」こそなかったものの、公園の木々はやっぱり紅葉するのでした。

kikiちゃんのアパートから最寄の駅まで、夜道を2人でプラプラと歩きながら見た桜のなんとも言われぬ美しさ。そんな桜を見上げながら、「来年の今頃は○〇○ちゃんきっとアラスカなんだろうね。」「行けるかどうかわかんないけど、とりあえずあと数ヶ月で仕事辞めて東京出るしね。」というような会話を交わしたことを覚えています。

あれからもうじき10年。(!)その後、お互い結婚をすることになろうとは!お互い子供を持つことになろうとは!そしてこうして彼女に日本の本を、乾燥ゴボウを、アクリルたわしを、アラスカまで送ってもらうことになろうとは!親友というものは、どれだけ離れていても気持ちだけでこうしてつながっていられるものなのですね。

今夜の我が家の「すいとん汁」に入れられたゴボウの味を、私はきっと忘れないと思います。kikiちゃん、ありがとう。
Posted by 親分
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[日々のこと
mixi ニュース
さっきmixiで目に留まったニュース。

女装し女湯脱衣室に、細身の理学療法士逮捕

(読売新聞 - 01月09日 10:37)

のぞき目的で女装してスーパー銭湯の女湯脱衣室に入り込んだとして、兵庫県警飾磨署は9日、同県加西市田原町、理学療法士田井智裕容疑者(41)を建造物侵入容疑で現行犯逮捕したと発表した。

「女性の裸を見たかった」と容疑を認めているという。

発表によると、田井容疑者は8日午後10時10分頃、同県姫路市飾磨区のスーパー銭湯の女湯脱衣室に正当な理由なく侵入した疑い。

田井容疑者は身長1メートル65、体重55キロの細身。犯行時、セミロングの茶髪かつらと白マスクを付け、紫のジャンパーにミニスカートを着用していたが、洗面用具を持っておらず、マスク姿で歩き回っているのを女性従業員が不審に思い、110番した。

脱衣室には数人の女性客がいたという。



女湯脱衣室に「正当な理由なく」侵入した疑い、というのに妙にウケたんですけど!「女性の裸が見たい」というのはやっぱり「正当な」理由ではないのでしょうか。

ばかだなぁ、と呆れつつも、理学療法士という立派なお仕事を持っていながら、こんなことで世間の目に晒されて人生狂わせている彼にちょっと同情。いったいどんだけ「女の裸」が見たかったんだよ!(笑)スーパー銭湯に若くて綺麗なお姉さんがいる確立ってそんなに高くないような気がするんだけど・・・。女だったらなんでも良かったのかな・・・。とか、つい色々考えてしまったニュースでした。
Posted by 親分
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[日々のこと
自家製納豆作り
以前、このブログで納豆好きな我が家について述べたところ、「納豆は自分で作れますよ!」というコメントをたくさん頂きました。それ以来、「そうか、アンカレジの日本食材店に車で8時間かけて冷凍納豆を買い溜めしに行かなくても良いのならば、少々手間がかかっても自家製納豆の作り方を覚えた方が賢いのかもしれない」と洗脳され始め・・・。(笑)手作り納豆についての情報をネットで色々集め始めたのが昨年11月。その中でも特に目を引いた情報が、ここ数年納豆作りに命をかけて、最近自家製納豆作りを極めた!というミネソタ在住の友人、ナンゴさん(笑)による、実は「ヨーグルトメーカー」が納豆の発酵に最適だ、というもの。温度や湿度の調整がヨーグルトメーカーなら間違いないのだそうです。

キヨシ君からのクリスマスプレゼントとして日本製のヨーグルトメーカー(アメリカ製のと違い、細かい温度調節やタイマー機能が付いている)をオーダーしてもらったのですが、年末にアラスカまで海を越えてやってまいりました、「納豆作り」の為のヨーグルトメーカー!!!(笑)

乾燥大豆を一晩ふやかす→圧力鍋で蒸す→蒸しあがった熱々の大豆を市販の納豆少々と混ぜる→ヨーグルトメーカーで1日発酵させる→冷蔵庫で2日間さらに発酵を進ませる。

そうして今日出来上がった納豆の出来栄えは!!!
・・・粘りとやわらかさが市販の納豆に比べてちと落ちる、という以外は味も匂いも立派な納豆でした。実はヨーグルトメーカーに蒸した大豆をセットしてまもなく、子供達が物珍しい機械に興味を惹かれて色々とボタンを押したらしく、電源を切られていて(!)5時間後にそれに気づく、というハプニングがあったのです。きっと粘りが足りなかった原因はこれかなー。やわらかさの改善には次回蒸す時間をもうちょっと延ばしてみればよいわけで。

ともかく、子供達はボウル一杯に出来上がった大量の納豆を見て「ナットー!ナットー!」と大興奮、大人サイズのご飯茶碗で山盛りの納豆ご飯をもりもり食べながら満足気に笑みをこぼしておりました。食べてる間も「ふふふ。」だの「へへへ。」だの気持ち悪いぐらいに喜んでくれて、私もうれしい限りです。お腹一杯食べても残った大量の納豆は小分けにして冷凍、これが切れそうになったらまた自家製納豆作りにチャレンジするつもりです。

これでアラスカ在住にして好きなときに好きなだけ出来たて納豆を食べられるー!色々情報を下さったNWナースさん、ナンゴさん、あなた達がけしかけてくれなければこんなことにはなってなかったでしょう(笑)。我が家の食生活に改革を起こしてくれて本当にどうもありがとう!
Posted by 親分
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[料理
スペシャル・タイガー
そういえば私年女なんです。

9年前、UAFの英語の授業で知り合った中国人の友人宅に、当時のボーイフレンド、キヨシ君と一緒に招かれて皆で大量の餃子を作って食べた時のこと。「親分、何年?」と聞かれ、「寅年」と答えたまでは良いけれど、その後私が1974年生まれだと知った彼女に

「えっ!1974年生まれの寅年ですって!?」

と、そりゃーもう大げさに驚かれたものです。「それは100年(だったかな?細かいことまでは良く覚えていない。笑。)に1度現れるか現れないかというすごい強運の持ち主なのよ!スペシャル・タイガーじゃないの!」と。

それ以来、私が何かとんでもないことをしでかす度に、キヨシ君や日本の両親(←後にその話を聞いてやたらとウケていた。)に「お前はやっぱりスペシャル・タイガーだね。」と言われ続けてきました。

だけど冷静になって考えてみれば、昭和49年生まれの私の同級生は皆スペシャル・タイガーってことになるわけで、皆が皆、揃いも揃ってものすごい強運の持ち主なのだ、と言われてもそれもなんだか信用ならない気がするのですが。

まぁ、100年に1度現れるか現れないかというものすごい「悪運」の持ち主、と言われたわけじゃないだけでも良いとして、この自分の生まれ持った強運(?)を大事に大事に生きて行こうと思ってます。
Posted by 親分
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[日々のこと
食べ過ぎです。
あけましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

新年明けて初のブログタイトルがこれってのもどうかな、と一瞬思ったけれど・・・。(笑)

鶏粥 年末、急に思い出して作ってみたベトナム風鳥粥(それなりに自分の記憶に近いものが出来た!)に始まり・・・。

肉まん 大晦日に作った肉まん。1度は生地作りに失敗してがっくりとうなだれたものの、諦めずに再度挑戦。皆が夕飯を終えてお茶を飲んでる頃にやっと出来ました!

肉まんを食べるサブ子 エビチリも中華スープも口にしてくれなかったサブ子も、ホカホカの肉まんだけは喜んで食べてくれました。

お節2010 肉まん作りで精力を使い果たし、肝心の「初!お節」作りがさっぱり進まなかった大晦日。黒豆以外は元旦の今日になって慌てて作ったので妙に品数が少なくて済みません。(笑)いや、こっちでは手に入らないものも多いし!と言い訳してみる・・・。詰めてあるのは

鮭の焼き漬け
なます
黒豆
栗きんとん
海老の含め煮
だし巻き卵(伊達巻のかわり)

作るつもりだった昆布巻き、田作り、煮物までは手が回りませんでした。来年こそは!

お節を食べるキヨシ君 キヨシ君、お節はそうやって食べるものじゃ・・・。彼にとっては「ちょっと大きめな弁当箱」でしかない重箱。実際、彼はこの一重のお節をほぼ一人で食べつくしました。

朝から雑煮やらあんこ餅やらずんだ餅(仙台の郷土料理で、枝豆をすりつぶして作る緑色の餡にまぶしたお餅のこと。既製のずんだを母親が送ってくれた。)やらをたらふく食べた上に、お茶を飲みながら実家から届いた三石羊羹をつまんでみたり、昨日の残り物の肉まんをおやつに食べたり。あぁもうお腹が苦しい。

ま、いっか!お正月ですから!
Posted by 親分
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[料理
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