アラスカ、フェアバンクスで暮らす、親分とその子分達(キヨシ君:夫、サブ子:娘、栄作:息子、そして飼い犬 Maxine) の日常を綴ります。
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Posted by 親分
 
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Dr. S とその仲間達
週一で働き始めた癌センター、放射線療法クリニックは、ドクター1人、ナース1人、放射線療法師1人、放射線イメージを解析して治療のプランニングをする技師(職名が良く解らない)1人、放射線技師2人、受付1人・・・総勢7名という小さな所帯。

これまでこのクリニックに雇われていたたった一人のナース、Sは、月曜から金曜まで連日1人でこのクリニックを切り盛りしてきた。「週5日はきついとずっと思ってきたし、私がバケーションに出ている間や病欠のときに、ここのことをわかっているナースがもう1人居たほうがいいんじゃないですか、ってずーっと提案していたんだけれどね、ここ最近になってようやく上がわかってくれる様になってね。」と。彼女は以前私のようにフロートプールとして病院中で働き、在宅看護や精神科看護や Forensic Nurse (法医学看護師?)として虐待を受けた患者のケアまでしてきたという豊富な経験の持ち主。今ではDr. Sの専属ナースとして癌治療に取り組んでいる。この彼女、頭は切れるし仕事は出来るし患者さんには本当に親切ですばらしいナースなのだ。太っちょで、「ダイエットに励んでいるの。」と言いながら、毎朝ナースステーションでホイップクリームがねりねりと乗せられたアイスラテとベーコンの朝食を欠かさない。

このナースとまるで何十年も連れ添った夫婦であるかのように連日些細な口喧嘩を繰り返しながら患者さんの治療に当たっているのがDr.S.彼はヨルダン出身の中東人で、アクセントが強く、医者だというのにスペルミスも珍しいことではない。全体的に丸く、顔がでかく、てっぺんの薄くなった黒髪はくるくるとカールしていて、なぜかいつも同じ服を着ている。金持ちだろうに、なんとなく薄汚れているのはなぜだろう。そしてそんなオヤジの妻だと言う人に紹介されてびっくり仰天。そのDr.Sの妻だという女性は若く、スレンダーで、宗教上の理由か、頭髪こそいつも帽子やスカーフに隠されているものの、今時のおしゃれな洋服を着た世にも美しい中東女性なのであった。実は、この女性こそ、女である私が以前スーパーで見かけるたびに、「なんて綺麗な女の人なのでしょう・・・。」とじーっと見つめてしまっていた、まさにその人だったのだ。うーん、なんて見た目的にミスマッチな2人・・・。

そんなわけで、妻と並ぶと見た目的に「お姫様と召使」風になってしまうDr.Sだが、彼は実は癌治療や診断では一目おかれる存在なのだ。「彼は私のことを第3の妻か何かだと勘違いしてるに違いないわ!」とバンバン仕事を押し付けられていつもぷりぷり怒っているナースSでさえ、「Dr.S はああ見えても Smart Man であることは確かね。」と尊敬の念を隠しきれない様子。

最初、彼のオフィスで1日見学体験をした時には、「うーん、とっつきにくそうな医者だ。」と思ったのは確か。早口で、アクセントのせいでたまに何を言っているのか良く聞き取れないし、これをやれと言われたらさっとそれを正確に処理しないと機嫌を損ねてしまう。愛想の良いアメリカ人医師達の「ハーイ親分!元気かい!?」というテンションに慣れきっていた私には、人の話を聞かない(患者さんと話す時は別だ。)、気難しい中東人医師はかなり異質に見えた。しかし、そんな彼でも診察の度に私を一緒に診察室に連れてゆき、何かと私の勉強になるように、と工夫しながら色々と教えてくれているのが良くわかったし、診察室での彼と患者さん、そしてその家族との信頼しきった会話(シリアスな顔で、低い声でぼそっと繰り出すDr.Sのジョークを100%理解して笑う患者さんとその家族!)の親密さ、悪いニュースを単刀直入に、しかもわかりやすくズバッと説明してから「これから何が出来るか」ということに焦点を絞って時間をかけて患者とその家族と共に治療プランを練ってゆく彼のやり方、そのすべてに私は心から関心してしまった。

何かに気を取られると時間のことを忘れてすぐに脱線してしまうDr.Sや、「もうこんなDr.Sの子守りはたくさんよ!」と頭を抱えて愚痴をこぼしまくるナースSを、「ほらほら、仕事よ!」と仕切っているのが放射線療法技師のC。めがねをかけた怖そうなおばさんだが、このおばさんが居なかったらきっとこのクリニックは正常に回っていない。このクリニックの「お母さん」的存在だ。コンピューターの前で常に放射線イメージの解析と治療プランに励んでいる技師のMは、ナースSの情報に拠ると「引き篭り」で、彼のオフィスのドアは必ず閉めておかないと彼は精神の安定を保てないらしい。「たまに閉められたドアから彼の怒鳴り声が聞こえてくるかもしれないけど、無視するように。」というとても役立ちそうなアドバイスをいただいた。毎日の患者さんの放射線治療を行っている技師さんは可愛くて若い女の子2人で、とても感じが良い。受付のSはそんな、まるでTVシリーズ「The Office」のような強烈なキャラばかりのこのクリニックで、1人冷静に淡々と電話や患者さんの応対をこなしている。

こんなクリニックでの週一の仕事。一癖も二癖もあるDr.Sとその仲間達、そして癌と闘う患者さん達に囲まれて、私は学んだり、涙を堪えたり、笑いを堪えたりしながらこの職場にめぐり合えた幸運に心から感謝しているのだった。4日間のオリエンテーションを終えて、今度の月曜日はいよいよ私の独り立ち勤務。これからはこの私が毎週月曜日のクリニック唯一のナースとなる予定。さーて、そろそろMの怒鳴り声を聞けるかな?
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Posted by 親分
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[ナースのお仕事
新しい仕事
バケーションから戻った私達に最悪のニュースが待っていた。ここ数年経営難に悩んでいたネイティブ・コーポレーション下の青少年プログラムでカウンセラーをしていたキヨシ君が、突然ばっさり首を切られてしまったのだ。同じプログラムで解雇されたのはこの春から数えてキヨシ君でなんと6人目。解雇の理由がこれまた「難癖」としか言いようのないものばかりで、私はただただ力なく笑ってしまうしかなかったのだけれど、キヨシ君はさすがに笑っていられるはずもなく相当ショックを受けていたようだった。

私は「7年間もがんばって働いてきた職員にそんな仕打ちをするボスの下で働いていることなんかないよ!さっさとそんな職場からは離れて新しい仕事を見つければいいよ!」と励ました。しかしそうは言ってもこんな御時勢・・・すぐに仕事が見つかるわけなんてないよなー、新車を買って、大きなバケーションでお金使った後だってのになぁー、という不安も拭いきれない・・・。

そういうわけで今の仕事と掛け持ちするつもりで探し始めたパートのナースのお仕事。キヨシ君の仕事が見つかるまでにちょっとでも生活の足しになればなぁと思い、老人ホームやクリニックでの仕事を考えていた。そんな私に舞い込んできたのが「癌センター、放射線治療学科」での週1ポジション。1日見学に来てみて!と声をかけられ、行ったその日に私はそこでの仕事を決めた。ドクター、ナース、技師、そして癌を患う患者さん達・・・。小さなクリニックで、家族のように癌の治療に取り組んでいるそのチームを、私は一発で気に入ってしまったのだった。結局、その翌日にキヨシ君も就職を決め(新しく出来た青少年のアルコール、ドラッグ中毒の更正施設で、キヨシ君のこれまでの経験を買われてトントンと採用が決まった・・・。)私は別に余計に仕事をしなくても良くなったのだけれど、この機会を逃すのはもったいない、と癌センターでの新しい週1ポジションを手に入れ、これまでのフロートナースとしての時間数をマネージャーに頼んで少々削らせてもらった。

キヨシ君も私も先週から新しい仕事をはじめ、お互い良い同僚に囲まれて日々勉強の毎日が続いている。キヨシ君の失業にはさすがにヒヤッとさせられたけれど、今思うとそのおかげで2人とも新しい仕事、新しい同僚に恵まれ、新たな成長を遂げられるかなーとわくわくしているところなのだ。人生、何が起こるかわからないなぁ・・・。
Posted by 親分
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[ナースのお仕事
母の日の勤務
母の日は、朝から晩まで仕事だった。

術後にアル中からの離脱で暴力的になっていた若者を1:1でみせられていた。私が受け持つ数日前に、スタッフナースに足蹴りを払い、彼女の背中に肘鉄を食らわせて、院内放送で「Code Violet(凶暴な患者が暴れています、至急対応に駆けつけよ、という緊急呼び出しコード)」を流させたという困った患者さん。

私が受け持つ朝までは相当暴れていたらしく、そんな彼を1:1で12時間も看ていた夜勤のナースはへとへとだったようだけれど、48時間も寝ずに暴れてベッドに縛り付けられていた彼は、私が勤務につく直前にことんと眠りに落ちて、その後結局こんこんと眠り続けた。

おかげで私は彼のベッドの隣に見張り番(暴れてベットから落ちたり、点滴や術後の管を抜かないように。ドレーン:管の一部はすでに引きちぎられていたが。)として座り、1日中よしもとばななの本を読んでお給料をもらってしまった。もちろん血圧や脈や体温を計ったり、アルコール離脱症状スコアを出したり、身体を拭いたり、下の世話をしたり、医師や面会に来る家族とのやり取りをしたりはしていたが、まぁその他やることがない間はこっちがうっかり寝てしまわないように本を読んでいたのだ。ラッキーと言えばラッキーな勤務。

しかし彼のお母さんや、彼の若い妻が1歳3ヶ月だという可愛い息子を連れて面会に来たりすると、やっぱりやりきれない感じがした。今日は母の日なのになぁ。まだ20代だというのに、酒におぼれて、こうしてお母さんや奥さんを悲しませて、それでも彼はやっぱり酒を辞められないのだろうなぁ、この可愛い1歳3ヶ月の男の子は、酔っ払ったお父さんの顔しか知らないのだろうなぁ、と。母の日なんだから、せめて自分の母や妻に「Happy Mother's Day!」ぐらい言ってあげようよ、と。しかし当の本人はグーグーといびきをかいて眠り、たまに起きてもぼけーっとしてスープを飲んではこぼしてみたり、ふらふらと1人では満足に歩くことも出来ない。

無事に勤務を終えて帰宅すると、キヨシ君からの花束と、サブ子がプリスクールで作ってきてくれたポシェット(アラスカンが良く仕事着に着る Carhart のポケットの生地を使い、ぴかぴかのビーズが接着剤であちこちに貼りつけられていた。)と、皆からのカードが待っていた。私はつくづく幸せな母ちゃんだなぁ。

しかし自分が実際母親になってみて、我が母のありがたみがようやく良くわかってきた私。今頃遅いよ、という話だけれど、子育てって面白い反面、本当に大変だものねぇ。いっつも喧嘩ばかりしていた私と妹、そして大病を患っていた弟、3人抱えてそれでもニコニコと太陽のように明るかった母の強さが、今になってわかる。たまに小言を言ったりイライラしたりはしていたが、大元のところ、あの人は心から子供が好きで、破天荒な夫が好きで、皆が幸せなら自分も幸せ、という人だ。それは本当にすごいことだと思う。

かくいう私も、母には何のカードもプレゼントも送らず、電話さえかけていない・・・。ごめんよ、こんな娘で!
Posted by 親分
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[ナースのお仕事
戦争の傷跡
今日は精神科で働いてきた。受け持ちの一人だった、20代も前半の体育会系の二枚目な患者さんは、数年前にイラクから戻って以来、その後のPTSDで悩んでいた。イラクではヘリコプターから落下して腰も痛めたそうで、その若々しい健康的な見た目からは想像もつかないほど、彼は精神的にも肉体的にも相当弱っていた。イラクでの体験が毎晩フラッシュバックとして再現され、ぐっしょりと汗にぬれて何度も起きるため万年の睡眠不足。酒やドラッグに逃げるようになった彼は、それで軍の上司から厳しい監視下に置かれることになり、そのストレスに耐えられなくなってパニックアタックを繰り返したそうだ。彼はある日、上司の監視下から抜け出して個室に閉じこもり、自分の両腕をサバイバルナイフで滅多やたらと切りつけたのだ。

すでに半月近く入院していた彼は、入院当初よりはかなり落ち着いてきていて、明日には退院予定だという。軍の生活が染み付いているためか、朝も私が起こしにいかなくても自分で起き、ベッドを直し、シャワーを浴び、自ら申し出て私の監視下できちんと髭をそって朝食を取る。(精神科病棟ではナースの監視なしに刃物を使うことは許されない。)

深く切りつけられた両腕の内側のステープル(ホッチキスの針のようなもの)をすべて抜いても良い、という医師からの指示を受けて、私が彼の病室で一本一本ステープルを抜く間、彼はそれをまるで自分に今起こっていることとは思っていないような冷めた様子で眉一本動かさずに見つめながら、イラクでの出来事を淡々と語った。

感情に任せて訴えられるよりも、それにはもっとずっと背筋も凍るような怖さがあった。

イラクで何人亡くなりました、とか、イラクで亡くなったアメリカ兵は何人に上る、とか、ニュースや新聞では良く報道されるけれど、その数の大きさに、私は「背筋も凍るような怖さ」はあまり感じない。けれどこうして目の前にいる若々しい二枚目のにーちゃんが、ご飯をもりもり食べるにーちゃんが、窓の外の太陽の光に目を細めながらベッドの上にごろりと横になって本を読んだりしているにーちゃんが、毎晩うなされ、シーツまでぐっしょり濡らすぐらい汗をかいて思い出す光景とはいったいどんなものだったのか。

国の助けになりたい、という若者らしい正義感だったのか、もしくは軍に奉仕して大学進学の糧にするつもりだったのか。どんな理由にしろ、軍に入ったときの彼はこうした結末を予測しただろうか。

恋人との色恋沙汰で自殺未遂を図るような、若い女性患者の腕の浅い傷とは比べ物にならない彼の両腕の切り傷の深さが、その心の傷の深さをそのまま表しているような気がした。戦争の傷跡、それはこうして生身の人間にしっかりと刻まれている。彼のような若者が、いったい今のアメリカにどれぐらい居るというのだろう。私が Old Navy で洋服を買ったり、スタバでグリーンティーフラペチーノを飲んだり、娘と息子と水泳教室で奮闘しながらもどかしい思いをしたりしているこのアメリカで、戦争の傷を背負ったまま生きることよりもいっそ死を選びたい、という私よりも10才以上も年下の若者がいる。

それがこの国の怖さだと思う。自国が今「戦争をしている」という実感を得られずにすんでしまう世の中。私と同世代か、もしくは私よりもさらに若い世代のたくさんのアメリカ人が、今、地獄を生きている。
Posted by 親分
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[ナースのお仕事
Dr. H
産婦人科のベテラン先生、Dr. H。バーコード頭に牛乳瓶の底のようなメガネ、「ひっひっひ」とも「へっへっへ」ともつかないニヤニヤ笑いが、初対面の人には気持ち悪いと思われるかもしれない。ナンゴさんの3男くんを取り上げたのもこの先生だったのだけれど、ナンゴさんには確か「ムツゴロウ」と呼ばれていた。

しかしそんな彼でも、少しその人となりを知るようになると、皆が皆、彼の大ファンになってしまうのはなぜなのか。

まず、彼の頭は切れる。他の州でエリート街道をまっしぐらに走ってきたらしい産婦人科医なのに、なぜかこんな田舎で細々と診療を続けている。堂々と誇れるキャリアとすばらしい腕を持っているのに、自慢するということが一切なく、「薄気味悪いがなんだか可愛く憎めない頼れる産婦人科医」としてフェアバンクスでは皆に愛されている。

私も産婦人科で働き始めた頃にはなぜナースがこぞって「Dr. H!Dr. H!」と慕うのかがいまひとつわからなかったのだけれど、ナースステーションで交わす会話の端々に見え隠れする彼の人柄に触れるにつれ、私もDr. Hの大ファンになってしまった。彼がナースを叱り付けるところも、小言を言うところも、私はただの一度もみた事がない。

もみ手をしながら患者さんの部屋から出てきて、
We just have to wait. We can not rush things in this business.
とナースステーションの一角にちょこんと腰を下ろし、のんびりとコーヒーをすすっている彼は可愛い。

なかなか分娩が思うように進行せず、イライラ不安になってきている患者さんでも、あのムツゴロウのような顔で
There's no baby who stays in mommy's belly forever.
とDr. Hにニコニコ諭されると「それもそうだな。」という顔をして落ち着いてしまう。

やっと担当の患者さんの赤ん坊が生まれて、分娩室から出てきた彼に「とうとう生まれましたかー。」と私が声をかけると、彼は乱れたバーコード頭を手櫛で直しながら
Yep, still exciting. There's nothing like it.
と本当にうれしそうに言う。Dr. Hはこの仕事を何十年としてきているはずだ。何百人、いや、それ以上の赤ん坊を取り上げてきたのかもしれない彼が、still exciting, there's nothing like it.と言う。

そういえばナンゴさんも最初は「初めて診察室にDr. H が入ってきたときには、旦那が『おい、おい!こんなんで大丈夫かよ~!』って心配していたよ!」と笑っていたけれど(それだけ見た目のインパクトが強いということだろう。笑。)、やっぱり最後には彼の人柄と腕の良さに満足していたようだった。赤ん坊が生まれているのに胎盤とへその緒を愛おしそうに見つめながら「こんなのが9ヶ月間もお母さんと赤ちゃんをつないでいたんですねぇ。生命の神秘ですねぇ。」としみじみと語っていて、ナンゴさんに「胎盤はいいから赤ん坊の方を!」と心の中で突っ込まれていたというDr. Hの話を、私は今でも覚えている。

そろそろ引退を考えているそうだけれど、もうちょっとがんばって欲しいな、と一ファンとしては願う!あまりの忙しさに皆がテンパっている時に、彼の「All we have to do is to have babies!ヒッヒッヒ。」とか、「忙しいのは良いことだ、Job Security だよ、みんな!」という口癖が聞けなくなるのが、やっぱりちょっと寂しいからだ。
Posted by 親分
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[ナースのお仕事
産婦人科の男性ナース
物腰のやわらかな、ちょっと太っちょでハゲでメガネの中年看護助手(男性)が内科で働いていた。元々大学のGeology学科で研究者をやっていたという変り種なのだけれど、「研究で数字とにらめっこするのに飽き」、やりがいを求めて看護の道に進もうと決心したらしい。ちなみに彼の趣味はお菓子作りで、彼が自分で焼いて職場に持ってきたアップルパイを食べたことがあるが、これが激ウマだった。そんな彼は最近、州の正看護師(RN)試験に合格して、晴れてナースとなった。配属先は彼の第一希望だった産婦人科。

私は以前から「免許が取れたら産婦人科で働きたいと思っているんです。」と真剣に話す彼を心から応援していた。彼も栄作と同じぐらいの年頃の男の子を持つ親。お互いの子供の話で良く盛り上がったりしていたのだ。「子供がこの世に誕生するって、本当にすごいことですよねぇ。」と穏やかに話す彼は、本気で産婦人科でナースとして出産介助を出来たらいいな、と思っているようだった。

世の中に「男性の産婦人科ナースなんて!」という偏見があるのは知っていたが、彼が希望通り産婦人科に配属になった途端に彼の陰口を叩くナースや同僚がたくさんいるのには私も驚いた。「子宮口とか、チェックするんだよ。そういうことをしたいなんていう男、気持ち悪いよ!」というのが大半の意見だ。男性の産婦人科医は良くても男性の産婦人科ナースはダメ!という気持ちが私にはわからない。それから男の世界に女が入ると皆応援するが、女の世界に男が入ると皆嫌がるのはどうしたわけだろう。

今はそうでもないのだろうけど、男性の保育士さんについても昔はかなり抵抗があったようだから、男性の産婦人科ナースとなると世間の風当たりが強いのも頷けないことはない。でも出産や子育てにおける男性の役割、専門職の可能性を完全にシャットアウトしてしまうのはあまりにももったいないような気が私はする。

女は、妊娠、出産という仕事があまりにも神秘的な大仕事なので、やり終えるとなんだか自分一人ですごいことをしてしまったような錯覚にとらわれるけれど、そもそも男性の助けなしに子供は出来ないのだし、赤ん坊にとっても「父性」というのは「母性」と同じように大切なものじゃないのだろうか。その「父性」を生かし、専門知識を駆使して働くナースというのは素晴らしいことだと思うのだけれど・・・。

産婦人科でなくとも、看護の世界はやっぱり女が強い職場。これから彼が歩む道はちと厳しそうだなぁ、と同情しつつ、やっぱりがんばって欲しい!と応援してしまう私なのでした。
Posted by 親分
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[ナースのお仕事
精神科看護について思うこと
今日は精神科で働いてきた。

私は精神科のナースと一緒に働くのがとても好きだ。どうしてだろう、とずーっと気になっていたが、精神科のナースの前では、自分が「許された」感じがするからなんだな、ということに今日やっと気づく。同業者の私ですらそうなんだから、入院治療を免れないほどに精神を病んだ人々にとって、あの「許された」感じというのがどれだけ意味を持つことなのか。

他の科のナースはどこかしら精神科ナースを小馬鹿にしているところがあるな、とずっと感じてきた。それは例えば「向精神薬以外については薬のことも良く知らない、IVケアや経管栄養もろくに出来ない、忙しい一般の科での仕事量をこなせない」とかそういう理由であることが多いような気がする。精神科ナースが他の科に手伝いにやってくると、「使えない。」と全く失礼な陰口を叩くナースまでいる。ICUや外科、内科のナースがたまに精神科に手伝いに借出されると、皆決まって「精神科ってすっごく暇で何していいかわかんない。」とか「居眠りしないでいるのが大変だったわ。」と、精神科が自分の働く科と比べるといかに楽ちんでつまらないものであるかを豪語するが、それは精神科看護の深さを知らないからなのだ。

自分が患者さんにかける一言がどれだけ重いものであるか、ということを精神科ナースは知っている。どういう時に声をかけ、どういう時にそっとしておくべきか。強い感情でモロに乱暴な言葉や暴力をぶつけてくる患者さんにはどういう対応をするべきか。くよくよと泣いてばかりいるうつ病の患者さんは下手に励ましたりがんばらせたりしない。家族背景や社会背景をじっくりと時を待って聞き出し、退院して社会に戻ったときに彼らをサポートするネットワークを張る。そういうことを色々と頭で考えているのが精神科ナースなのだ。

数値や見た目ではっきり成果が出るわけではない精神科看護は、他の科のナースには理解しがたいものなのかもしれないが、Float Pool のスタッフとしてしばらく一緒に働いてみて精神科看護の難しさを実感している私は、精神科ナースってすごい!とやっぱり舌を巻くしかないのだ。あれだけ「頭を使う」看護、というのは他にない気がする。そしてそんな私のような未熟なナースのこともありのまま暖かく仲間として迎えてくれる精神科ナースが、私はやっぱり好きなのだ。
Posted by 親分
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[ナースのお仕事
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